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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

夕日に向かってバスは走る

                       ≪十月十六日≫        ―爾―

   オフィスの前に停まっているタクシーに近づく。
 値段の交渉に入る。
 15TL(≒340円)で交渉成立。
 タクシーに乗り込む。
 バス・ガレージは以外に近く、タクシーで五六分で着いた。
 ”な~~~~んだ!こんなに近いんなら、歩いてきたのに。美味くやられた。”
 バス・ガレージは、街は外れの広大な荒地にあった。

   タクシーの男もなかなか親切で、タクシーを降りると、バス・オフィスの中まで案内してくれるではないか。
 広大な荒地の中、まだ何の設備も造られていないようで、オフィスだけがポツンと置かれているだけで、砂嵐にさらされている様は、気の毒な感じがする。
 遠くに山肌が露出している高い山がそびえ、一方では地平線が何処までも続いているのが見える。
 何もないもんだから、風が強く土煙が至る所で舞っている。
 山の手前には、鉄道が敷かれていて、その近くには新しい住宅らしい建物が点在しているのが見える。

   バス・オフィスでチケットを確認すると、Bus、NOを教えてくれた。
 ガレージを見ても、そのNOの場所にはまだバスの姿がない。
 まだ時間があるため、喫茶室に入る。

                    *
          歩く事への辛抱・・・・・!
          食べれない事への辛抱・・!
          寒さに対する辛抱・・・・!
          ひとりぽっちへの辛抱・・!
          そして、
          待つことの辛抱・・・・・!

                    *

   旅は、いつもこの五つの辛抱が付きまとって来る。
 喫茶室の横に設けられている売店を覗く。
 ある!ある!
 ポルノの小雑誌がぎっしりと並んでいる。
 ペラペラとページをめくっても、分るのは写真だけ。
 そのポルノ雑誌の横に並べられているのが、”空手”とか、”合気道”の小雑誌だ。
 数が少なくなっているという事は、かなり売れている証拠なのか。
 格闘技好きのお国柄だけの事はあると感心してしまう。

   やつらの腕の太さや胸板の厚さと言ったら、中途半端ではないから、下手に”俺は、空手が出来る!”とは、どうしても言えなくなってくる。
 もし、そんなことを、言い出そうもんなら、”それじゃ!俺とどっちが強いか、やってみようじゃないか!”と言いかねないのだ。
 髭を伸ばして、ネパールで買った服を着ているせいか、これでもなかなか強そうには見えるのだが、握手をした手を見て一言付け加えるのだ。
 「君は、ピアニストなのか?」と。

                     *

   親日家らしく、トルコの若者は、荒っぽい冗談を言いながら、目はいつも笑っている。
 日露戦争で、トルコをいつも虐めていたソ連を、日本が負かした時以来、トルコは日本に対してまた、日本人に対して敬意を表しているのだ。

   バスは定刻の三時半になっても現れない。
 少々遅れているとの事。
 唯一の東洋人に誰も話し掛けてくれないが、俺の方から話し掛けるともう大変、周りの人が集まってくる。
      「ジャポンか!!」
      「何処へ行くんだ!」
      「そこへ行くなら、ここで待て!」
 しつこいほど、親切なのだ。

   同じように旅をしている毛唐も、数人しかいない。
 待ち焦がれたバスは、三十分ほど遅れて、土煙を上げながら到着した。
 Ankaraから来たバスのようで、乗客たちが次々とバスから降りてくる。
 どうもこのバスですぐ、Uターンするようだ。
 ”運転手、替わるのかな??”

   乗客たちが全て降りると、すぐ乗り込む人達のチェックが始まった。
 荷物をバスの屋根ではなくシートの下に放り込んで、助手にチケットを見せた時、乗客名簿を覗き込むと、料金らしい数字が見えた。
 俺のチケットの金額と同じかどうか比べようと、もう一度覗き込もうとすると、助手は乗客名簿を素早く引っ込めて、”早く、バスに乗れ!”と怒鳴るではないか。
 何だ!ケチ!
 怒鳴らなくても良いだろうに。

                    *

   バスに乗り込むと、中は満席だった。
 車は右側通行なため、ドアが右側にあって、その後方のドアから入ってすぐ右側のシートに腰をおろした。
 シートはリクライニングの立派なもので、西ドイツ製の大きな新しいバスだ。
 シート・サイドには、ちゃんとゴミ入れが備え付けられている。

   トルコに入って気が付いたのだが、長距離バスには全て、後部座席の後ろに、ミネラル・ウオーターが何十本も、ビンに詰められ銀紙で蓋がされて、大きな BOXに入れられているのを見てきた。
 最初これを見た時には、お金を出して飲むものかと思っていたら、どうも違うようだ。
 前の方の席から、自由にやってきては、二三本抱えていく乗客たち。
 バス・サービスになっているのに気が付いたのは、この時だった。

   その上もうひとつ、サービスがあった。
 一日に数度、レモン汁のようなものを、容器に入れて助手が前から、一人づつに配って歩いている。
 ほとんどの乗客たちが、これを両手に受けて、頭やら顔に擦りつけている。
 これは日本で言う(機内サービス)お手拭なのかも知れない。

   最初は興味で受け取っていたのだが、顔に擦りつけるには抵抗があり、手に擦りつけるだけにしていた。
 どうも、匂いが好きになれないのだ。
 一度貰っただけで、二度目からは、”要らない!”と、拒否するようにしたのだ。
 そんな情景で、バスは一時間遅れて、四時半にスタートした。

   バスは発車してすぐ、山道にさしかかった。
 遠くに見えていた山を越えるようだ。
 舗装されていない道を、埃を巻き上げながら、ゆっくりと、本当にゆっくりと登っていく。
 バスの行く手には、今にも沈もうとしている夕日が、バスを照らしている。
 俺の乗るバスは、いつもこうして夕日を追いかけて走るのだ。
 バスが停まり、休憩の度に起こされるが、標高が下がっている為か、それほど寒さも感じず、持っていたシュラフにも潜り込まず眠れた。



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